孤独死の恐怖と我が家のオアシス
私は4人姉弟だ。
私は長女だが、小さい時は皆ライバル。
弟妹のオムツを変えたりしていたので、外では面倒見の良い長女を演じていたが、家では弱肉強食を地でいっていた。
貧乏だったから、美味しいものは早い者勝ち!
まあ、だいたい毎日、悪知恵のついた私が食べる→泣き出す弟妹→親に張り倒されるの図式。
そんなサバイバルな子供時代に天使がやってきた。
末っ子の弟である。
歳をとってからの子供は親を助けるために生まれてくると言うそうだが、うちの祖母は違った。
後で知ったが、「40過ぎの恥かきっ子!今時、4人も子供がいるなんて、何考えてるの!」と母を叱ったらしい。
昭和50年代、まだまだ4人兄弟なんて珍しくもなかったはずなのだが。
祖母から常日頃小言を言われ続けていた母は、言いつけを守るべく、3人の子供を出産後、産婦人科で激痛に耐え子宮にリングを入れてもらい、避妊をしていたが、この強者の末っ子はそれを物ともせず、この世に生まれてきた。
そしてそのリングは出産時に末っ子の頭にくっついて出てきたらしい。=天使の輪⁉︎
かくして7つ違いの弟は、殺伐とした野生の王国の中のオアシスとなった。
それはそれは可愛くて儚げで無垢で、とても純粋だった。
ある時、珍しく勉強していた小学生の私のかたわらに、我が家のオアシスがヨチヨチ歩きで近づいてきた。
私は「勉強中なのに、遊んでほしいのか?」と思い、ふと目をやると、ティッシュに包んだ金平糖が数個出てきた。
なんだなんだ?見せびらかしに来たのか?
と思ったスレた私は耳を疑った。
オアシスは満面の笑みを浮かべると、「はんぶんこ、あげる」というではないか!!
知らぬが仏とはこのこと。
心底、あ〜!私の心の声がオアシスに聞こえてなくて良かったぁ!!!!!!
そして、こんな嬉しいサプライズをありがとう!!!!!!と感謝した。
それまで、ビュービュー隙間風が吹いて冷え切っていた私の心は一気に温かいもので包まれ、涙が溢れてきた。
それからオアシスはライバルではなく、私にとって守るべき味方となり、親子に間違われるほど私が老けていたこともあり、特別な存在となった。
そんなオアシスも立派に成長し、結婚して仕事と主夫を両立させ、幸せに暮らしているようだ。
かたや小学生の時から、父のDVの仲裁役(だいたい役に立たず、張り倒されて泣いて見てるだけ)の私はすっかりねじ曲がったスレた女になった。
親がそんなだったので、人といい関係を築くことができず、特に人との程よい距離がつかめず、「何考えてるか分からない、プライド高そう、ツンとしてる」と思われたり、逆にいきなり懐に入り過ぎて、「馴れ馴れしい、図々しい」と思われたりして、小学校ではいじめられっ子だった。
3つ子の魂100までとはよく言ったもんで、上辺では人に合わせられるが本心を伝えられず、未だに人付き合いが苦手。
人といると疲れる、ボッチの方がすんごい楽。
友達もほとんどいない。
でも、今回の手術で、エンディングノートを書いた時、死亡時に連絡する友人知人の欄に誰も浮かんでこないことに、愕然。
寂しい。寂し過ぎる。
なんとか絞り出そうとしたが、「返って迷惑かな」とか考えてしまい、結局空白。
以前、孤独死した方の部屋の片付けの仕事をしている方の手記を読んだ。
「部屋には必ず、尿の入ったペットボトルがあるんです。トイレに行く気力すらなくなってしまい、セルフネグレクトになる」と言うような記述があった。
人ごとではないと思った。
もともと面倒くさがりやで、今の私にはオアシスもいない。
やばい。なんとかしないと。
脳みそさん、脳みそさん、私がこれから人に喜んでもらいながら、お金が稼げて楽しく生きる方法、教えてください!!!!!
よし。
後は脳みそさんのサーチエンジンでヒットするまで、眠ることにしよう!
よろしくお願いします( ̄^ ̄)ゞ